2019年4月4日
執筆者:天野方一先生(医師)
今回は、ソーシャルキャピタルが実際に健康に対して良いと証明された具体的な事例などをご紹介します。
各種疾患との関係
1、循環器疾患
アメリカで、地域のソーシャルキャピタルと急性冠動脈症候群(心筋梗塞や狭心症など)の再発の関係を調べた研究があります。低所得層に限定されてはいましたが、ソーシャルキャピタルが高い地域に住んでいる人は、急性冠動脈症候群の再発が少なかったことが報告されました1。また、スウェーデンの研究では、ソーシャルキャピタルが高い人ほど、急性心筋梗塞の発症率が低かったことがわかりました2。
2、精神疾患
個人のソーシャルキャピタルと職場のうつとの関係を調べたフィンランドとの研究では、個人のソーシャルキャピタルが低いほど3.5年後のうつの発症が多かったそうです3。またソーシャルキャピタルが高い職場でも、同様の関係が認められました4。
また、身体的・精神的・社会的に良い状態である「well being」に関する研究では、ソーシャルキャピタルが高いほど「well-being」の状態になりやすいことが明らかとなっています(これは、エビデンスレベルが最も高い研究のひとつと考えられているシステマティックレビューによる結果でした。)5
ただし、同様の結果が出ていない研究もあり、今後更なる研究結果を待つ必要があります。
3、認知症
約3500人を対象に、東日本大震災後のソーシャルキャピタルと認知機能の悪化を調べた研究を紹介します。ソーシャルキャピタルが低ければ低いほど、のちの認知機能の悪化が認められたという結果でした6。
4、要介護状態
日本の高齢者を対象とし、地域のソーシャルキャピタルと要介護状態の発生の関係を調べた研究があります。観察期間は4年間でした。ソーシャルキャピタルが低い地域に住む女性は、強い地域に住む女性よりも、要介護状態になるリスクが約70%も高いという結果でした7。
積極的に社会参加している人は、後の健康状態が良いということを示した研究もあります。4年間観察した結果、地域の組織に全く参加していない人に比べ、参加している組織の種類(スポーツや趣味、町内会、ボランティア活動など)が1つから2つ、2つから3つ以上へ増えると、要介護状態になるリスクは0.83倍、0.72倍、0.57倍と低下していました8。
死亡との関係
疾患との関係だけではなく、ソーシャルキャピタルと死亡との関係を調べた研究もあります。例えば、スウェーデンの研究では、65歳以上の男性では、ソーシャルキャピタルが高い地域に住んでいる人は死亡率が低いことが認められています9。
(ソーシャルキャピタルと死亡との関係については、関連があるとする研究も多い一方、関連がないとする研究もあります。)
まとめ
ハーバード大学公衆衛生大学院社会行動科学部教授イチロー・カワチ先生は、我々の健康について、以下のように提言しています。
「人々の健康状態は、生まれ育った環境や教育環境、勤務環境といった様々な影響を多分に受ける。健康状態の改善には、これらの要素にいかにうまく介入するかが重要になる。その手段の一つが、ソーシャルキャピタルを活かした健康作りだ」。
ソーシャルキャピタルに関する研究の歴史はまだ浅く、20年余りに過ぎません。各種疾患に対しては、ソーシャルキャピタルに予防的効果があることがわかってきています。しかし、実際にソーシャルキャピタルを活かした健康作りについては、まだケース(介入研究)が少なく、わからない面も多いのが実態です。
また、今回は、ソーシャルキャピタルの良い側面をご紹介しましたが、負の側面もあります。例えば、素行の良くない仲間に誘われて喫煙や飲酒に手を出す高校生の例や、職場や地域などで、気が向かないのに会合に付き合わなければならない苦痛やストレスの例が挙げられます。絆が強ければすべてがうまく解決するわけではないのです。
今後、最新の研究が出ましたら、改めて皆様にお伝えしていきたいと思っています。
参考文献
- Community-level social capital and recurrence of acute coronary syndrome. Soc Sci Med. 2008 Apr;66(7):1603-13
- Social capital, the miniaturisation of community, traditionalism and first time acute myocardial infarction: a prospective cohort study in southern Sweden. Soc Sci Med. 2006 Oct;63(8):2204-17.
- Social capital at work as a predictor of employee health: multilevel evidence from work units in Finland. Soc Sci Med. 2008 Feb;66(3):637-49
- Work-place social capital and smoking cessation: the Finnish Public Sector Study. Addiction. 2008 Nov;103(11):1857-65.
- Social Capital and Health: A Review of Prospective Multilevel Studies. J Epidemiol. 2012;22(3):179-87.
- Increased risk of dementia in the aftermath of the 2011 Great East Japan Earthquake and Tsunami. Proc Natl Acad Sci U S A. 2016 Nov 8;113(45):E6911-E6918.
- Does social capital affect the incidence of functional disability in older Japanese? A prospective population-based cohort study. J Epidemiol Community Health. 2013 Jan;67(1):42-7
- Social participation and the prevention of functional disability in older Japanese: the JAGES cohort study. PLoS One. 2014 Jun 12;9(6):e99638
- Social capital externalities and mortality in Sweden. Econ Hum Biol. 2008 Mar;6(1):19-42
執筆者:天野方一
2010年に埼玉医科大学卒業後、都内の大学付属病院で初期研修を終了し、腎臓病学や高血圧学の臨床や研究に従事し、抗加齢医学専門医や腎臓内科専門医等の資格を取得。
予防医学やアンチエイジングの重要性を感じ、2016年より帝京大学大学院公衆衛生学研究科に入学し、「食生活や生活習慣等など日常生活を改善することで、身体だけでなく心もハッピーに」をモットーに、予防医学やアンチエイジングに関する研究を行っている。
2018年秋からハーバード大学公衆衛生大学院に留学し、最先端のアンチエイジング及び、?「The relationship between health and happiness(健康と幸福の関係性)」?について研究。
資格:抗加齢医学専門医、腎臓内科専門医、内科学会認定医、日本医師会認定産業医
公衆衛生修士号(Master of Public Health、MPH)