2019年3月4日
執筆者:天野方一(医師)
現在、ハーバード大学では「ソーシャルキャピタル(≒人との絆)」といった言葉が注目され、ソーシャルキャピタルと健康に関する研究がさかんに行われています。
今月から2回に分けて、この「ソーシャルキャピタル(≒絆)」に関してご紹介いたします。
ソーシャルキャピタル (Social Capital)とは?
~定義とその可能性~
ハーバード大学公衆衛生大学院社会行動科学部教授イチロー・カワチ先生は、我々の健康について、以下のように提言しています。
「人々の健康状態は、生まれ育った環境や教育環境、勤務環境といった様々な影響を多分に受ける。健康状態の改善には、これらの要素にいかにうまく介入する(良い方向に導く)かが重要になる。その手段の一つが、ソーシャルキャピタルを活かした健康作りだ」。
ソーシャルキャピタル (Social Capital:社会関係資本)とは、『人と人とのつながりや、社会活動への参加などにより生れる、信頼、規範、ネットワークなどの資源』と考えられています。
わかりやすい言葉に置き換えると、『ソーシャルキャピタル≒絆』ということです。
物的資本(Physical Capital)や人的資本(Human Capital)などと並ぶ新たな概念ととらえることができます。
*物的資産:家、車、お金などの資産
*人的資本:教育などによってもたされるスキル、資質や知識のストックのこと
絆は、強ければ強いほど、健康にも良い効果があるとされています。
それを示している有名な例をご紹介します。ロゼト効果と呼ばれるものです。
ロゼト効果 (Roseto Effect)
米国ペンシルベニア州に、イタリア系移民が中心に住むロゼト(Roseto)という、人口1,600人ほどの小さな町があります。その町での調査が、ソーシャルキャピタルの効果を示した例として注目され、この町の名前をとって『ロゼト効果』と呼ばれるようになりました。
ロゼトでの心筋梗塞による死亡率が他の町と比較し有意に低かったのです。
心筋梗塞による死亡率を、水資源、医師、保健医療施設がロゼトと同程度のバンガー(Bangor)という町と比較したところ、1955年からの10年間では、55歳から64歳の心筋梗塞のリスクが高くなる年齢層の男性で、ロゼト住民の方が約半分程度と少ないことがわかりました。
ロゼトは、イタリア系移民の多い町のため、動脈硬化になりやすい食習慣があり、喫煙率も飲酒率も高く、また、ロゼトの男性の多くは、煤煙まみれになりやすい採石場で働いていたため、労働環境は必ずしも良くはない状態でした。食習慣、運動、喫煙などの心筋梗塞のリスク因子では、ロゼトの男性の心筋梗塞による死亡率が低い理由は説明がつかず、リスク因子によっては、ロゼトの方が悪くさえありました。
数々の検討がなされた結果、ロゼトの男性の心筋梗塞による死亡率が低いのは、社会的な結びつきや絆の強さによる影響と推測されました。同じイタリアの特定の地域から集団で米国へ移民し、教会や家族のつながりが強く、お互いに助け合い、多世代同居生活で、高齢者が大切にされていました。
しかし、ロゼトの町も時代の流れとともに変化しました。古き良き移民のコミュニティーも少なくなり、周辺の他の町と大差ない一般的なアメリカの町になっていき、1970年代に入る前頃から、ロゼトの中高年男性の心筋梗塞リスクは、他の町と同様になっていっていきました。
ソーシャルキャピタルと健康
ソーシャルキャピタル(絆)が健康に影響するとき、
- 個人に与える影響
- 集団に与える影響
の2つに区別して考えます。
個人に与える影響
ある個人が、別の個人に影響するということです。周りにいるいい健康習慣の友達に影響されて、自分にも健康に良い生活習慣が身についていくということがあり、例えば、以下のようなことです。
・友達が一緒にスポーツジムに行ってくれる。その結果、自分にスポーツジムにいく習慣がつく。
・友達が近所でマラソン大会があると知らせてくれ、それがきっかけで、ランニングする習慣がついた。
・友達が面接についてきてくれた。その結果、ストレスホルモンのコルチゾールの分泌が減り、血圧上昇が少なかった。
つまり、個人が別の個人へ影響し、その結果、影響を受けた人はプラスの結果を得ます。
集団に与える影響
絆の強さが集団全体に影響を与え、その集団の中の個人が影響を受けるということです。公益財としての側面があります。以下に、ソーシャルキャピタルが高い地域(住民の絆が高い地域)での例を挙げます。
・自治会や町内会が活発で、住民同士の関係が良好。自治会役員等が防犯見回りをしたり、住民同士で防犯活動を取り組んだりすることによって、ソーシャルキャピタルが低い地域よりも、犯罪を防ぐことができる。
・健康や生活安全に関する市民運動やボランティア活動が盛んで、ドラッグ使用や若者の喫煙、飲酒運転の予防につながる。
その集団の強い絆そのものが資産であり、その集団全体かつその構成員ひとりひとりにプラスの影響をもたらしていると考えられます。
健康へのさらなる可能性
冒頭でご紹介したイチロー・カワチ先生らによると、アメリカの州レベルでの検討では、ソーシャルキャピタルの高い地域は、低い地域に比べて、死亡率が低いことが報告されています。ソーシャルキャピタルを活かした健康作りには、大きな可能性が秘められています。
では、住民同士の信頼関係が強い地域に住むことと健康との関係は、具体的にはどのようになっているのでしょうか。
次回は、ソーシャルキャピタルが実際に健康に対して良いと証明された具体的な事例などをご紹介します。
執筆者:天野方一
2010年に埼玉医科大学卒業後、都内の大学付属病院で初期研修を終了し、腎臓病学や高血圧学の臨床や研究に従事し、抗加齢医学専門医や腎臓内科専門医等の資格を取得。
予防医学やアンチエイジングの重要性を感じ、2016年より帝京大学大学院公衆衛生学研究科に入学し、「食生活や生活習慣等など日常生活を改善することで、身体だけでなく心もハッピーに」をモットーに、予防医学やアンチエイジングに関する研究を行っている。
2018年秋からハーバード大学公衆衛生大学院に留学し、最先端のアンチエイジング及び、?「The relationship between health and happiness(健康と幸福の関係性)」?について研究。
資格:抗加齢医学専門医、腎臓内科専門医、内科学会認定医、日本医師会認定産業医
公衆衛生修士号(Master of Public Health、MPH)